F-22はロッキード・マーティン社とボーイング社が共同開発した多用途戦術戦闘機。航空支配戦闘機とも呼ばれる。愛称は猛禽類の意味のラプター(Raptor)。
アメリカ空軍(USAF)のF-15C/Dの後継機として、ロッキード・マーティン社が先進戦術戦闘機計画に基づいて開発した第5世代ジェット戦闘機に分類される世界初のステルス戦闘機である。
ミサイルや爆弾を胴体内に搭載することや、スーパークルーズ能力を持つことを特徴とする。2006年時点での生産予定数は183機で、開発費の高騰や生産数の縮小により、一機当たりのコストは約1億4200万ドルに達している。
冷戦下に開発が行われ、1996年からの調達で最終的には750機の配備を予定していた。しかし、冷戦の終結に伴って開発が遅れ、正式な配備は2005年に始まった。2008年現在までに実戦への参加はないが、そのステルス性の高さなどから世界最強クラスの戦闘能力を持つとされる。一方でその高度な軍事技術の転移への懸念から、2008年現在までにアメリカ空軍のみの配備に留まっている。
当初は転換訓練などのための複座型としてF-22Bを生産する予定だったが、予算の縮小や地上シミュレータで完全に代替可能とされたため生産されていない。また、F-22をベースとした派生型の開発も計画されていたが、コスト高などから現在に至るも実現していない。
1985年10月にアメリカ空軍はアメリカ国内の航空機メーカー7社に対して、ATF(先進戦術戦闘機)のコンセプトデザイン提出を求めた。比較検討の結果、アメリカ空軍は1986年7月にロッキード社とノースロップ社の2案を選定し、候補機の開発を5社2チームに発注する事を決定する。
ロッキードのチームはYF-22を、ノースロップのチームはYF-23の試験機をそれぞれ2機ずつ製造した。搭載するエンジンについても競争原理を導入し、プラット・アンド・ホイットニーのYF119-PW-100とGE(ゼネラル・エレクトリック)のYF120-GE-100が開発された。
評価試験は2種の試作機と2種のエンジンの組み合わせの4機で進められた。1991年に評価の詳細を非公開としたまま、YF-22とYF119-PW-100の組み合わせの正式採用を決定した。評価の詳細としては、YF-22はステルス性やスーパークルーズ性能では劣っていたが機動性および生産コストと整備の簡易さが優れており、YF-23はステルス性を重視するあまり戦術戦闘機としての柔軟性に欠けていた。YF119は最大出力は劣るとはいえ、156kNと十分な出力を持ち低価格だったため、等と推測されている。
ロッキード社はF-22選定後の1991年8月に先行量産型開発の契約を交わし単座量産型と複座量産型の設計作業を開始する。製作された2機の試作機も量産機開発のために引き続き投入され、試作1号機は技術立証機となり、2号機はエドワーズ空軍基地にて同年10月23日より飛行試験を開始したが1992年4月に飛行試験中の墜落事故で主翼や尾翼を一部破損した上に火災も起こし(パイロットは無傷)、修理費が掛かり過ぎることからアビオニクス類の評価試験へと回された。
1992年6月に終了した単座・複座量産型の設計作業ではエアブレーキの廃止や空中給油口の追加、各部の寸法変更を行った。基本レイアウトの変更はないものの主翼後退角を48°から42°へ減らし、合わせて水平尾翼の後退角も42°とした上垂直安定板は外側に28°傾け、各翼の面積や形状も変更している[1]。
1993年4月の先行量産型1号機の製造を開始時点で、冷戦の終結に始まる国防費の削減やアメリカ軍全体の再編等の影響で、調達数は750機から648機へ削減されている。
1994年3月には実物大模型(モックアップ)による試験でレーダー反射断面積(RCS:Radar Cross Section)の目標超過が判明し、原因となったパネルの形状を変更した。
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1995年2月に量産機の組み立て作業が承認され、先行機を使用したエンジンや電子機器類等のチェック作業と並行しての組み立てが進み1997年4月9日に量産型1号機がロールアウトした。この間にも、モックアップの製作まで行われた複座型のF-22Bの導入中止[2]や451機への調達機数の削減など、導入計画の縮小が進んだ。
特徴と性能
F-22は『ステルス性が高いこと』『アフターバーナーを使用しないでスーパークルーズ(超音速巡航)ができること[3]』『STOL(短距離離着陸)が可能なこと』という3つのSの要求通りの性能を持っている。
一般的なモノコック構造を採用し、素材別の機体重量比はチタン合金39%、グラファイト・エポキシ等複合材24%、アルミニウム合金16%、熱可塑性プラスチック(サーモプラスチック)1%となっている[1]となっている。レーダー探知を可能な限り避けるため、レーダー波を吸収するレーダー波吸収素材(RAM)を使用するだけではなく、吸収しきれなかったレーダー波を内部反射と減衰を繰り返して吸収するレーダー波吸収構造(RAS)も採用した。さらには外部形状の様々な工夫も合わせて、レーダー反射面積は0.003~0.005m?といわれている。これは8cm CD(0.005m?)と同等かそれ未満である。このようなレーダー反射面積が極小の戦闘機に、レーダー誘導方式のミサイルを命中させるのは非常に困難と推測される。
一見するとF-15とF/A-18を足して2で割ったような驚くほど平凡な外形を持つ。1980年代以降の主流ともいえるカナード付きデルタ翼形式ではなく、ステルス性を優先して通常の尾翼形式を採用している。ただし細かく見ると、主翼は複雑な六角形の変形デルタ翼、レーダー波を一定の方向に反射するために機体を構成する曲線の角度が一定保持、主翼の後縁の若干の前進角、垂直尾翼とエアインテーク部分のほぼ同角度の傾斜、機体の平面と平面を繋ぐ曲面部分は「コンティニュアス・カーバチャー」と呼ばれる連続的な曲率を用いたデザインとする等、随所にステルス性向上のための高度な設計を施している[1]。
燃料タンクは機体前部、及び左右の主翼内部に備わっている。
機体の部品点数は従来機に比べて非常に少なく、F-15Eの三分の一以下しかない。これは機体構造のフレームピッチが広くなり個々の機体部品が大型化したこと、ステルス化のために機体外板の継ぎ目を減らすことが必要だったことによる。このため、部品製作の工作機械に対する初期投資が大きくなっている。部品点数の少なさは大量生産時の生産効率の向上に寄与するものの生産数が少ないためにその効果は現れず、また、生産設備コストが開発コストと同様に機体単価の多くの割合を占めることになっている。
エンジンはプラット・アンド・ホイットニー社のF119-PW-100を二基搭載する。スーパークルーズ能力を付与するため、従来の低バイパスターボファンエンジンよりも更にバイパス比を小さくしているとされる。アフターバーナー使用時の最大推力は35,000lb(155.7kN)とされるが[4]、不使用時の最大推力は未公開である。
また、F-22のエンジンにはF-15 S/MTDの実験で開発された、上下方向に20度まで推力軸を傾けることができる推力偏向(TV)ノズルを採用している[5]。これにより遷音速域でF-15を上回る旋回性能を持ち、格闘戦性能も高い。またこれを用いる事で、F-22は約1000mという短距離で離陸が可能となっている。ただし、ステルス性を利用して敵に探知されない遠距離から攻撃を加える(first look, first shot, first kill)ことを想定しているため、ドッグファイトに持ち込まれる可能性は低いとされている。
それより重要なのは、方向舵や昇降舵など空気力学的機体制御の効果の低い超音速域において運動性を発揮できる点にある。つまり、従来の戦闘機では失速してスピン(錐揉み)に陥ってしまう様な運動領域においても、最後まで操縦安定性を保っていられることができ[5]、スーパークルーズ能力を重視した本機ならではの特色である。また、ノズルに備わるパドルには赤外線放射抑制技術が用いられており、大気とエンジン内の排気を混合させることで、温度の低下を行う事が出来る。
なお、遠心力は速度の二乗に比例し半径に反比例するため、超音速域での旋回では容易に高い遠心力を生じる。そのため、パイロットの体を保護する新型の耐GスーツCE-ATAGS(COMBAT EDGE and Advanced Technology G Suit)を機体と併せて開発した。
スーパークルーズについては、アフターバーナーの使用なしで最大巡航速度マッハ1.58となっている。ただし、マッハ1.7まで到達したという発表もある[6]。このスーパークルーズによる飛行は、赤外線の放出量を最小限に止める役割もある。